擦り寄りはじめる隣国

2017年09月23日

慰安婦像の問題の大きさや、反発を続けた日本との防衛協力の大切さを、文在寅政権はようやく悟ったようだ。そして、何事もなかったかのように、日本にすり寄り始めている。

 困ったときに手っ取り早く頼りにできるのは日本しかない。日本を知る常識的な者ほどバツの悪さを感じているようだが、一般人はそうでもない。自分(韓国)を中心に日本も回っていると思っているかのようだ。韓国にとって、日本は相変わらず甘えが通じる国であり、それほど"お人よしな国"に映っている。(抜粋)


日韓スワップは断固拒否せねばならない。

同じことの繰り返しだ。盗るものだけ盗って盗り終わったら、また反日するのだろう。

というか、南と北にとって反日というのは魂に刷り込まれている。加えてあの民度だ。

お得意の手のひら返しをしてくるのは目に見えている。

この時期に北への援助を決定した文大統領。それだけとってみても異質さがわかる。

根底にある反日感情、祖国万歳を日本国民は日本政府はもう見逃してはならない。

「反省してるみたいよ?」「当然だろう」「今回こそ日本の大切さがわかったか!」

という声が聞こえるが、それで終わらせてはならない。

どれだけ茶番を繰り返してきたか。隣国はもう治らないのである。

謝ってるから、考慮しよう。そんな感情があちらにはないことはよくわかっているは

ず。日本人特有の優しさは賞賛すべきものだろう。しかし、それで良しで終わってしま

うと元の木阿弥である。

目的あるものは考えるでも書いたが

行動力という面においてだけ言えば反日左翼、一部在日の方の行動力には驚かされる。

街頭で、駅前で今も署名運動をしている。私を含めた日本人の多くは、危機に気づいた

人も、気づかない人もある意味足踏み状態である。それでも少しでも前進してると

思いたいので、声を出すことは続けていきたいと思っている。

みなさんもよくご存知だと思うが、行動力のある危機感を持った方が声を

あげている。素晴らしいと思う。向かうところは同じなはずなのに、私は少し

敬遠してしまっている。この有事にである。我ながら悪い癖だ。

私もどちらかというと右寄りの完全保守だ。こんなサイトを運営するに至っているが

それでも、どうしても安倍総理批判と、激しい口調には尻込みしてしまう。

そういう自分を客観的にみたとき、その裏にメディアによる洗脳のおそろしさ、

教育のおそろしさを切々と感じる。

なぜ、国を大切に思う人間が、少数派なのか?この状況でさえそうだ。

数年前まではもっと少数だった。民主党が政権をとったときなんてもっとだ。

少数派は淘汰されやすい。歯向かうものは団体によって潰されるであろう。

「なぜここまで放置したんだ政治家よ」

そういう声も多数上がっている。だが、

諦めてしまっていた自分に対しても、時の政府に対しても

文句を言っても仕方がないのだ。

政府が国民を騙していた、政府は何もしてこなかった、に焦点をあてるだけでは

何も変わらない。国民自身が国民を騙すような政治家を上に立たせたのだ。

数十年前から、危機を訴え続けた人からみたら政府に苛立ちがあるだろう。

その気持ちは痛いほどわかる。しかし、現実問題、危機に直面し立ち向かって

いるのは現政府なのだ。私は現政府を応援することこそ、すべてのはじまりだと

思っている。応援し、共感し、冷静に問題提起をする。そんな、右寄りの保守は

芽を摘まれてしまうのだろうか。

自問自答の上で、私は私の言葉で投げかけていくしかない。

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